大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和58年(ワ)13592号 判決

原告

種瀬富男

原告

相川茂宣

原告

根岸康雄

原告

前田吉實

原告

谷盛規

原告

小松川寛

右原告六名訴訟代理人弁護士

長谷一雄

被告

柴田穰一

被告

間瀬己代治

右被告両名訴訟代理人弁護士

野村宏治

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告柴田穰一は、原告種瀬富男、同相川茂宣、同根岸康雄、同前田吉實、同谷盛規に対し、別紙物件目録記載の土地上の土盛(高さ一・五メートルで別紙図面一、二の赤線部分)を撤去せよ。

2  被告らは、各自、原告種瀬富男に対し金一五〇万円、同相川茂宣に対し金一八〇万円、同根岸康雄に対し金三四〇万円、同前田吉實に対し金二八〇万円、同谷盛規に対し金三九〇万円及び各金員に対する昭和五九年一月一〇日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告小松川寛に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和五九年三月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告らの負担とする。

4  第2項について仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告柴田穰一(以下「被告柴田」という。)は別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を所有し、本件土地上に別紙建築概要書記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築主として建築した者である。

被告間瀬己代治(以下「被告間瀬」という。)は、被告柴田の依頼に基づき、本件建物を設計し、工事を監理した一級建築士である。

原告らは、本件土地の隣地に、別表一のとおり建物を所有若しくは賃借している者である。また、原告らの敷地と被告柴田の敷地との各位置関係は別紙図面三のとおりである。

2  土盛工事と本件建物の建築

(一) 被告らは、本件建物の建築計画について、昭和五八年四月二八日に建築確認を得て、同年五月ころから本件建物の建築工事に着工し、同年一一月ころ本件建物を完成させた。

(二) 本件土地は、以前は、その前面道路と同じ高さであつたが、被告らは昭和五八年二月ころから本件土地内に大量の土砂を搬入し、前面道路の高さよりも約一・五メートルの高さまで土盛をし、その状態を敷地現況として建築確認を得た。その後、搬入した土砂を一度撤去し、同年五月ころから本件土地と隣地との境界付近に擁壁工事を行つて本件土地の高さを前面道路の高さよりも一・五メートル、原告らの隣地の高さよりも一・五メートルないし一・八メートル高くするような大規模かつ堅固な土盛を再び行つた(以下「本件土盛」ともいう。)。そして、その土盛上に本件建物の建築を行つた。

(三) 本件土地を含む付近の地域は、三鷹市の東部に位置し、京王帝都井の頭線の三鷹台駅から徒歩七、八分の小高い丘の上に開けた住宅街である。そして、第一種住居専用地域に指定され、建ぺい率は四〇パーセント以下、容積率は八〇パーセント以下と規制されている。

(四) ところが、右のような土盛工事及び本件建物の建築工事の結果、本件建物は周囲の低層の住宅よりも二メートルほど高く、異様な威圧感を与えるうえ、別紙図面二の青線で示した部分より高い部分は建築基準法上の北側斜線制限に違反している。

3  本件土盛の違法性

本件土盛は、以下の理由により違法である。

(一) 本件土盛は、本件土地を隣地よりも一・五メートルないし一・八メートルも高くするものであり、それ自体が一個の建築物と同視できるところ、本件土盛は本件土地と隣地との境界から五〇センチメートルの距離を置かずに行われているから、民法二三四条に違反する。

(二) 第一種住居専用地域では、建物の高さは一〇メートル以下に規制され、軒の高さが七メートルを超える建物は、隣地に与える日影が規制されているが、本件のような土盛をしたうえで建物を建築した場合には、右のような規制を容易に潜脱できることになる。従つて、本件土盛は、右のような規制の趣旨に照らし違法である。

(三) 本件土地の平均地盤面は、建築確認の際には前面道路の高さから一・〇五メートルの高さであるとされたから、本件土盛は右建築確認よりも少なくとも〇・四五メートル高くされたことになり、この点からも違法である。

(四) 本件土地を含む付近の地域では、軒の高さが七メートルを超える建物は、冬至日の午前八時から午後四時までの間に、敷地境界線からの水平距離が五メートルを超え一〇メートルまでの範囲に三時間以上の、一〇メートルを超える範囲に二時間以上の日影を生じさせてはならないと規制されている。本件建物の軒の高さは、前面道路の高さより八・六メートル高い。そして、本件建物は、冬至日の午前八時から午後四時までの間に原告根岸康雄(以下「原告根岸」という。)の敷地内で境界線からの水平距離が五ないし一〇メートルの範囲に五時間、一〇メートルを超える範囲に三時間、原告前田吉實(以下「原告前田」という。)の敷地内で境界線からの水平距離が五ないし一〇メートルの範囲に約三時間三〇分、原告谷盛規(以下「原告谷」という。)の敷地内で境界線からの水平距離が五ないし一〇メートルの範囲に四時間、一〇メートルを超える範囲に三時間の日影を生じさせる。このような結果となつたのは、原告柴田が本件土地に土盛工事を行い、本件建物の高さが高くなつたためであり、この点からも本件土盛は違法である。

(五) 東京都多摩東部建築指導事務所(以下「建築指導事務所」という。)は、本件建物が、本件土盛工事の結果、北側斜線制限に違反していることを認め、被告らに対し是正勧告をしたが、被告らはこれを無視した。

(六) なお、原告らが本件土盛を行うことを承諾したことはない。

4  土盛撤去の合意

昭和五八年七月下旬ころから、原告らは、被告柴田の妻及び被告間瀬と話し合い、同年八月九日原告らと被告柴田との間で、本件土盛の外周部を撤去する旨の合意が成立した。

5  土盛による損害

本件土盛の結果、原告らのうち、原告種瀬富男(以下「原告種瀬」という。)、原告相川茂宣(以下「原告相川」という。)、原告谷及び原告小松川寛(以下「原告小松川」という。)は、その借地権の取引価格が以下のような理由により少なくとも各一〇〇万円低下したため、同額の損害を被つた。

(一) 本件土盛は、土盛の北側付近で右原告らの庭先に日影を生じさせ、植樹の楽しみを奪うものである。

(二) 本件土盛により右原告らの借地内に雨水が流入することになり、常に湿気を帯びることとなつた。

(三) 本件土盛の上に本件建物が建築されているため、原告らの借地からの眺望が阻害され、圧迫感が著しく、庭先の景観が害された。

(四) 被告柴田は、本件土盛の上にブロック塀を作ることを計画しており、それが完成すると、その圧迫感はさらに著しいものとなる。

6  日照被害

本件建物が、原告根岸、同前田及び同谷の敷地に前記のとおりの日影を生じさせたため、原告根岸は、二四〇万円、原告前田は、二〇〇万円、原告谷は、二四〇万円の各損害を被つた。

7  万年塀損壊による損害

昭和五八年五月初旬ころから中旬にかけて被告らは、原告相川及び原告前田の敷地と本件土地との境界線付近に設置した万年塀を土盛工事の仮枠代わりに使用し、右原告らの承諾を得ることなく数十か所に穴を開けた。

実際に工事を行つたのは、請負人の訴外多部田建設株式会社(以下「訴外多部田」という。)であるが、被告柴田は、工事関係者と共謀のうえ、右のような工事を行つたものである。

仮に、被告柴田が共謀をしなかつたとしても、被告柴田は、本件土盛の擁壁を築造するためには右原告らの万年塀を仮枠代わりに利用しなければならないことを認識していたか、容易に認識しえた。にもかかわらず、工事請負人に対し右工事により右原告らに対し損害を及ぼさないような措置を講ずるように注意もしなかつたし、また、右工事の中止も命じなかつた。

従つて、被告柴田は右工事により、右原告らが被つた損害を賠償すべき義務がある。

また、被告間瀬は、本件建物の設計者、工事監理者として、当然に右損害を賠償する義務がある。

右損害額は、万年塀の補修費相当額であり、右原告らについて各三〇万円である。

なお、右原告らが、右万年塀を仮枠代わりに使用することを承諾したことはない。

8  工事騒音

本件土盛工事及び本件建物建築工事においては、昭和五八年六月末から騒音がひどくなり、同年七月二六日に原告ら(但し、原告小松川を除く。)と訴外多部田との間で取り交わした工事協定書上の工事時間(午前八時三〇分から午後六時まで)も、しばしば無視された。被告柴田の妻は、建築現場に赴き、工事騒音がどの程度のものか知つており、また、原告らから工事の騒音がひどすぎるとの抗議を受けていたにもかかわらず、被告柴田は請負人に何らの注意、監督も行わず、請負人が漫然工事を行うのに任せた。

従つて、被告柴田は、原告ら(但し、原告小松川を除く。)が右工事騒音によつて被つた損害を賠償すべき義務がある。

また、被告間瀬は工事監理者として右損害を賠償すべき義務がある。

そして、原告種瀬、同相川、同前田、同谷が右騒音によつて被つた精神的苦痛を慰藉するには、各五〇万円が相当である。原告根岸は自宅において著述業を営んでおり、右工事の騒音のためにホテルに宿泊して著述を続けなければならなかつたから、原告根岸の右騒音による精神的苦痛を慰藉するためには少なくとも一〇〇万円が相当である。

9  以上の原告らの各損害額を合計すると、別表二の合計欄記載のとおりとなる。

10  よつて、原告ら(但し、原告小松川を除く。)は、土地賃借権若しくは建物賃借権に基づき、又は当事者間の合意に基づき、被告柴田に対し、本件土盛のうち、別紙図面一、二の赤線部分(高さ一・五メートル)についての撤去を求めるとともに、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として、各自、原告種瀬に対し一五〇万円、原告相川に対し一八〇万円、原告根岸に対し三四〇万円、原告前田に対し二八〇万円、原告谷に対し三九〇万円及び右各金員に対する本件昭和五八年(ワ)第一三五九二号事件訴状送達の日の翌日である昭和五九年一月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告小松川に対し一〇〇万円及び本件昭和五九年(ワ)第二二六六号事件訴状送達の日の翌日である昭和五九年三月一六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実は本件建物完成の日を除いて認める。本件建物の完成は、昭和五八年一二月ころである。

(二)  同(二)の事実は否認する。本件土地は、もともと前面道路の高さよりも三五センチメートル高かつた。昭和五八年二月に土砂を搬入したことはあるが、その高さは一メートル弱であり、広さは敷地の三分の一以下であつた。その後、この土砂を撤去したことはない。また、本件土盛は前面道路の高さより一・一メートル高いだけである。もともと本件土地は前面道路から三五センチメートル高かつたことは前記のとおりであるから、今回盛土したのは七五センチメートル程度にすぎない。さらに、本件建物は、土盛上に建つているのではなく、地盤面上に建つている。なお、建築基準法上は、むしろ建築物の敷地は高くすることが義務づけられており(同法一九条)、その高さについては何らの制限も加えられていない。

(三)  同(三)の事実は認める。

(四)  同(四)の事実は否認する。本件建物の高さは原告種瀬の建物とほぼ同じ高さである。また、本件建物は北側斜線制限に違反するものではない。

3(一)  同3(一)は争う。民法二三四条の規定は、建物に関する規定であり、土盛には適用されない。

(二)  同(二)は争う。建築基準法上、土盛については何らの制限がない。しかも、本件建物の高さは土盛を含めても一〇メートルを超えていない。

(三)  同(三)は否認ないし争う。建築確認よりも〇・四五メートル高い土盛をしたことはない。また建築許可には土盛の高さについての確認は含まれていない。

(四)  同(四)は否認ないし争う。本件建物の軒の高さは七メートルであり日影規制の対象とはならない。しかも、本件建物が生じさせる日影は、何ら日影規制に反するものではない。

(五)  同(五)は否認する。被告らは、建築指導事務所から是正勧告を受けたことはない。

(六)  なお、原告らは、昭和五八年三月二七日付書面で被告らに対し土盛を中止するように要求したが、その後、原告らと被告らとは話し合いを行い、原告らは本件土盛を行うことを承認したものである。

4  同4は否認する。昭和五八年八月九日に成立した了解事項は、何ら土盛の撤去を約束したものではなかつた。

5  同5及び6は争う。

6  (万年塀の損壊による損害について)

同7の事実のうち訴外多部田が原告ら主張の万年塀に穴を開けたこと及び被告間瀬が本件建物の設計者で工事監理者であることは認めるが、その余は否認する。訴外多部田は原告らの了解を得て右工事を行つた。そして、被告柴田は訴外多部田から右承諾を得た旨を聞かされていた。また、訴外多部田は工事の終了後に右穴を全てふさいで元どおりにした。

7  (工事騒音について)

同8は否認ないし争う。本件の工事の騒音は、通常の工事による騒音以上のものではなかつた。また、訴外多部田は工事協定を遵守した。さらに、工事による被害は請負人の責任である。

8  同9及び10は争う。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二同2及び3について判断する。

1  まず、被告らが本件建物について昭和五八年四月二八日に建築確認を得たこと及び同年五月ころから本件建物の建築に着工したことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、本件建物はおそくとも同年一二月初めころに完成したことが認められる。また、本件土地を含む付近の地域が、井の頭線の三鷹台駅から徒歩七、八分の小高い丘の上に開けた住宅街であることも当事者間に争いがない。

2  次に、〈証拠〉を総合すると、以下の(一)ないし(二)の各事実を認めることができる。

(一)  被告間瀬は、昭和五七年春ころに被告柴田から本件建物の設計、工事監理を依頼され、本件建物の地下に自動車を二台駐車する駐車場を設けることを計画した。しかし、駐車場全部を地下にした場合には、別紙図面一記載の前面道路(以下単に「前面道路」という。)から駐車場への進入が急勾配となるために、駐車場の高さの一部分だけを前面道路よりも低くし、残りの部分は、本件土地に土盛をし、その土盛の中に入れることにした。

(二)  本件土地は、昭和五七年以前は、駐車場として使用されており、少なくとも前面道路に面した部分では本件土地の高さは前面道路と同じであつたが、同年秋ころ及び翌五八年初めころに本件土地には土砂が運び込まれた。

(三)  被告間瀬は、同年三月三日に本件建物の建築確認申請を行つた際には、建物の平均地盤面を前面道路から一・〇五メートルの高さにとつた図面を申請書に添付していたが、建築指導事務所はそれを前面道路から三五センチメートルの高さにするようにとの行政指導を行つた。そこで被告間瀬は一応その行政指導に従う形で、平均地盤面を前面道路から三五センチメートルの高さにとつた図面を作成し直して建築確認を得た。しかし、被告間瀬は、実際には当初の図面に従つて本件建物の工事を行つたものであつて、右のような建築指導事務所の行政指導には従わなかつた。

(四)  その後、同年三月一八日に本件土地において地鎮祭が行われたが、その際には、本件土地のうち原告相川、同根岸及び同前田の側に近い部分に土砂が積上げられていた。

(五)  同年四月下旬ころから本件土地の原告らとの境界付近で土盛を支えるための擁壁を築造する工事が行われた。その擁壁は、原告相川、同根岸、同前田の各敷地との境界付近では、従前から境界付近に存在していた高さ約一・八メートルの万年塀と同じ高さにされ、また、原告谷の敷地との境界付近では、従前からその付近に存在していた高さ一・四メートルのブロック塀よりも約〇・二メートル高い約一・六メートルの高さにされた。また、原告種瀬の敷地との境界付近では高さが約一・四メートルにされた。

(六)  そして、同年五月ころから本件土地の根切りを行い、コンクリートで基礎及び駐車場を作つた。さらに、同年六月下旬にはいわゆる埋め戻しをして右の擁壁の高さ近くまで土砂を入れて土盛を行つた(従つて、右土盛は、右の擁壁と同じ高さであるか、又は、それよりも低いものとされた。)。その後右の基礎の上に本件建物を建築する工事を続行し、同年八月ころには二階部分までコンクリート工事が行われた。

(七)  右の土盛のうち、本件建物の北側の部分は、その表面をコンクリートで固めるとともに、土盛面の下四〇ないし五〇センチメートルの地中には、配管等が埋設された。

(八)  右のような工事の結果できあがつた土盛は、別紙図面一中のA点付近で原告谷の敷地よりも約一・六メートル、同図面中のB点及びC点付近で原告前田及び同根岸の敷地よりもそれぞれ約一・四メートル、同図面中のD点付近で原告種瀬の敷地よりも約一・二メートル高いものとなり、前面道路からは約一・二メートル高くなつた(以下右のような形状の土盛を改めて「本件土盛」という。なお、被告間瀬己代治本人は、土盛の高さは前面道路から一・〇五メートルである旨の供述をしているが、措信することができない。)。

(九)  右土盛上に本件建物が建築された結果、原告根岸宅では、冬至の午前八時から同一一時までの間、日照が得られないこととなつたが、午前一一時ころから日照が回復し始め、午後一時半ころには完全に日照が得られる。原告前田宅では、午前九時から同一一時までの間、一部で日照被害を受けることとなつた。原告谷については、午後一時までは庭の一部に日照被害を受けるだけであるが、そのころから建物の一部にも日照被害が出始める。そして、午後三時以降は建物全体に日影が生じることになる(但し、以上は、本件土地の前面道路の高さを基準として、それより一・五メートル高い水平面における日影を測定した結果である。)。

(一〇)  また、本件土地を含む周辺の土地は、第一種住居専用地域に指定され、建築物の延べ面積の敷地面積に対する割合(容積率)が八〇パーセント以下と規制されている。そして、本件建物の軒の高さは、前面道路から一・〇五メートルの高さの水平面を地盤面として計測した場合には七メートルであるが、建築確認の際に平均地盤面とされた水平面(前面道路から三五センチメートルの高さ)から計測した場合には七メートルを超え、建築基準法五六条の二の日影規制の対象となる。なお、本件建物の高さは、前面道路の高さから計測しても一〇メートルを超えないので、建築基準法五五条一項の高さの規制には反しない。

(一一)  建築指導事務所は、本件建物について、建築確認の際の平均地盤面を基準とすると、北側庇部分で、高さが六〇センチメートル建築基準法五八条の高度地区の北側斜線制限(本件土地の存在する地域は、第一種高度地区に属し、建築物の各部分の高さは、当該部分から前面道路の反対側の境界線又は隣地境界線までの真北方向の水平距離の〇・六倍に五メートルを加えたもの以下としなければならないとされている。)に抵触しているとして、被告らに対し再三違反是正の指導を行い、本件建物完成前の昭和五八年一〇月二四日には違反是正に必要な部分の工事施工停止を命じた(なお、被告間瀬己代治本人は、建築指導事務所は、庇の幅が六〇センチメートル北側斜線制限に抵触しているとした旨の供述をしているが、〈証拠〉に照らし措信することができない。)が、結局は右命令に従うことなく工事は続行され、本件建物が完成された。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

3  ところで、土地の土盛については、建築基準法一九条が一定の場合にこれを義務づけているほかは、直接これを規制した法令の規定はないから、原則として土地所有者が自由に行うことができるものと解される。しかし、土盛を行うことにより隣接土地の日照、通風、排水等に影響を及ぼす場合があるばかりでなく、建築基準法による建築物の高さの制限、北側斜線制限及び日影規制は、いずれも、地盤面からの一定の高さを基準にして規制しているところ、同法施行令二条一、二項によれば、右の地盤面とは、建築物が周囲の地面と接する位置の平均の高さにおける水平面をいうとされているため、土盛を行いその周囲の地面を高くすることが自由に行われうるとするならば、右建築基準法上の規制を容易に潜脱することができることになる。そこで、自己所有地の土盛も全く自由というわけではなく、その土盛を必要とする土地所有者側の事情とその土盛によつて隣接地等に及ぼす影響等を比較検討し、右土盛を行うことが社会通念上妥当な権利行使としての範囲を逸脱し土地所有者の権利の濫用であると認められるような場合には、土盛を行うこと自体が許されないというべきである。

これを本件について検討するに、本件土盛は、本件建物の下に駐車場を設けるために行われたことは前認定のとおりであつて、建築基準法一九条二項にいう衛生上又は安全上必要な措置として行われたものではなく、単に、本件土地を効率的に利用するという私益を図る目的で行われたにすぎないことが認められる。また、本件土盛の結果、原告らの隣接地とは一・二メートルないし一・六メートルの高低差が生じることとなつたこと、本件土盛上に建築された本件建物の影響で原告根岸宅で、冬至の日に午後一時半まで日照被害を受けることとなつたのを初めとして、原告らのうち三名が日照被害を被ることになつたこと、被告間瀬は建築確認を得る際には行政指導に従い平均地盤面は前面道路から三五センチメートルの高さであるとしていたにもかかわらず、被告らは右のような土盛を行つたこと、そのため、土盛上の本件建物が建築基準法上の高度地区の北側斜線制限に抵触するとして建築指導事務所から是正に必要な部分の工事停止命令を受けたにもかからわず、工事を続行したことは、いずれも前認定のとおりである。以上の事実は、少なくとも建築確認を得た際の平均地盤面よりも高い部分に土盛を行うことが、被告柴田の権利の行使として必ずしも相当ではないことを一応基礎づけるものであるということができる。

しかし、他方において、本件土地と原告相川、同根岸及び同前田の敷地との境界付近にはもともと高さ一・八メートルの万年塀が存在し、本件土盛を支える擁壁は右の万年塀と同じ高さにされたこと、原告谷の敷地との境界付近にも高さ約一・四メートルのブロック塀が存在し、本件土盛を支える擁壁は右ブロック塀よりも〇・二メートル高いだけであること及び本件土盛はその擁壁内に擁壁よりも低いか同じ高さまで行われたものであることも前認定のとおりである。そうすると、原告ら敷地の日照、通風については、右万年塀やブロック塀によつて既にある程度阻害されていたものであつて、本件土盛自体によつて変更を受けたとしても、その程度はわずかにすぎないことが推認できる(なお、排水については、被告間瀬己代治本人尋問の結果によれば、本件土盛を支える擁壁には排水するための水抜穴を設けることなく、本件土地内で排水を処理するような工事が行われたことが認められるから、排水についても、本件土盛によつて影響を受けたということはできない。)。従つて、本件土盛のうち原告らが撤去を要求している部分を撤去したとしても、右のような万年塀、ブロック塀及び本件建物が存続する以上、原告らの日照等が改善されるものではないことは明らかである。

また、本件土盛上の本件建物によつて、前記のとおりの日照被害が生じているから、これらの被害は本件土盛によつて発生したということもできないわけではないが、右日照被害が、被害者らにおいて社会通念上受忍すべき限度の範囲内であることは、後記認定のとおりである。

以上のとおり、本件土盛による原告らの敷地に対する、日照、通風、排水に関する直接の影響はわずかであり、しかも、本件土盛上の建物による日照被害も社会通念上受忍すべき限度を超えるということはできないから、本件土盛を行うことが権利の濫用にあたるとまですることはできないといわざるをえない。

なお、本件建物が既に完成し、本件土盛の北側部分では、その表面がコンクリートで固められており、しかも本件土盛中には配管等が埋設されていることは前認定のとおりであるから、被告柴田にとつて、これらを撤去するには多額の費用を要することが推認できるのであつて、原告らの日照等の被害の改善に役立たないにもかかわらず本件土盛の撤去を求めることは、この点からいつても妥当ではない。

4 民法二三四条は、建物を築造する場合には境界線から五〇センチメートルの距離を置かなければならないとしたものであるが、右の建物というためには、建物として利用されるだけの一定の高さを必要としていると解され、前認定のような本件土盛までも含むものであるとは解されない。また、本件土盛が本件建物と一体のものであつて、その外壁、土台等と同視できるものであるということもできない。従つて、この点に関する原告らの主張は採用しない。

三請求原因4について判断する。

〈証拠〉(昭和五八年八月九日付「了解事項」)には、「柴田邸新築工事の外部土盛について…(中略)…外周部分を出来るだけ道路地盤に近づける努力をすることを約束します。但し建物の使用上、又は付帯設備の関係から止むを得ない場合は、よく説明をして近隣の方の了解を求めます。」との記載がある。しかし、右記載も、単に、努力する旨を約束したにすぎず、本件土盛を撤去する旨を明確に約束したことまでは認めることができないうえ、原告前田吉實本人尋問の結果及び証人種瀬律子の証言によれば、昭和五八年春ころ、土盛を行わないようにと原告らが被告柴田に対し申し入れたところ、被告柴田は右申し入れを拒否したことが認められ、また、右了解事項が作成された同年八月は、既に土盛が行われ、二階のコンクリート工事が行われていた時期であることは前認定のとおりであるから、この時期に被告柴田が原告らに対し、土盛の撤去を約束することは通常はありえないと解され、右了解事項により、被告柴田が土盛の撤去を約束したことまでも認定することはできない。

四同5について判断する。

原告前田吉實本人は、本件土盛工事及び本件建物の建築工事の結果、原告小松川が賃借している敷地について、庭が薄暗く、水はけが悪く、日が当たらないので、植木や花の成育が悪くなつたとの供述をしている。証人相川千鶴子は、原告相川の借地である原告根岸宅の敷地について、日当たりが悪くなつたため貸家の賃料を値上げすることができなかつた旨及び風通しが悪くなつた旨の証言をしている。また、証人谷小枝子は、原告谷の賃借している敷地について日当たりが悪くなつたため木が枯れたり、花が咲かなくなつたうえ、被告柴田宅から見下ろされるので、不愉快な思いをしている旨の証言をしている。さらに、証人種瀬律子は、原告種瀬が賃借している敷地について、風通しが悪くなり、被告柴田宅から見下ろされ、圧迫感を受ける旨の証言をしている。

しかし、原告前田、同根岸及び同谷の敷地の日照被害及び通風障害のうち、本件土盛によつて直接発生したものはわずかであることは、前認定のとおりであるうえ、右原告らの日照被害、通風障害及びこれに起因する草木等の被害、さらに被告柴田宅から見下ろされるための不快感等はいずれもそれ程重大なものではないから、本件土盛が直ちに、原告らの借地権の価格の低下をもたらしたとまでいうことはできない。従つて、原告ら主張の土盛による損害の賠償請求は理由がない。

五同6について判断する。

原告根岸、同前田、同谷において、日照被害を受けたことは前認定のとおりである。そして、右日照阻害に違法性が認められる場合には、被害者には、不法行為に基づく損害賠償の請求を認めるべきであるが、右の違法性の有無の判断は、日照の阻害が、被害者において、社会通念上受忍すべき限度を超えるに至つたものかどうかを基準として決すべきである。

そして、建築基準法五六条の二の規定は建築物が隣接土地に生じさせる日影を規制するものであり、同法五八条の高度地区の北側斜線制限に関する規定も隣接土地の日照等を保護することを目的とするものであるから、公法上の規制ではあるが、これらの規定に違反しているかどうかは、私法上の受忍限度を超えているかどうかを判断するについても、考慮されるべき重要な要素であると解される。

ところで、本件建物について、建築指導事務所が、建築確認の際の平均地盤面(前面道路から三五センチメートルの高さ)を基準にすると北側庇部分で高さが六〇センチメートル北側斜線制限に違反しているとしたことは前認定のとおりであり、この判断の正当性を疑うべき根拠はないから、右の平均地盤面を基準とした場合には本件建物には右のような違反があるものと認められる。もつとも、前面道路から三五センチメートルの高さを平均地盤面とすべき旨の行政指導がどのような根拠に基づいて行われたのか、証拠上明らかではない。しかし、土盛工事が行われた場合に、その土盛の程度あるいはその合理性、必要性のいかんを問わず、建築基準法上の地盤面は常に土盛後の新地盤面をいうと解するのは、明らかに相当ではない。もしもそのような解釈を認めるならば、建築基準法上の建築物の高さ等の規制が容易に潜脱される結果となるからである。従つて、平均地盤面を土盛後の地盤の高さとせず、これを従前の地盤から一定の高さにとどめるという考え方にもそれなりの合理性がないとはいい切れず、建築基準法の趣旨に反するものとはいえないのであつて、本件における行政指導を直ちに合理性を欠き不当であるとすることはできない。そして、もしも被告らが右の行政指導に根拠がないと考えたとするならば、法律に定められた手続に従つてその是正を図るべきものである。ところが、被告間瀬はこの行政指導に従う態度を示して建築確認を得ておきながら、実際には工事停止命令も無視して当初意図していたとおりの建築工事を強行したものである。被告間瀬己代治本人はその理由として、法的手続をとる時間的余裕がなかつたと供述しているが、もとよりこのような理由によつてその行為を是認することはできない。被告側のこのような不当な行為は、本件建物による日照被害が受忍限度を超えるかどうかを判断するについて、看過することができないものである。

しかし、右の違反によつて日照被害がどの程度増大しているかを確定するに足る証拠はなく、本件建物のうち北側斜線制限に違反している部分がわずかであることからして、この違反によつて原告らの日照被害が加重されている程度もわずかであるものと推測することができる。また、盛土によつて地盤面が人為的に変更された場合に、平均地盤面をどの高さとすべきかについては、建築基準法上明確な規定はないから、解釈の余地のある問題であり、一義的に決定することは困難である。従つて、前面道路から三五センチメートルの高さであるとする本件における行政指導が唯一の正しい解釈であるとはいい切れないから、本件建物がそもそも北側斜線制限に違反するかどうか、違反するとしてどの部分が違反することになるかは、必ずしも明白ではない。

次に、本件土地を含む周辺の地域が、第一種住居専用地域に属し、容積率が八〇パーセント以下と規制されていること及び第一種高度地区に属することは、前記のとおりであるから、建築基準法五六条の二及び東京都の条例(東京都日影による中高層建築物の高さの制限に関する条例)によると、本件土地上の建物は、冬至日の午前八時から午後四時までの間に、平均地盤面から一・五メートルの高さの水平面に、敷地境界線からの水平距離が五メートルを超え一〇メートルの範囲内に三時間以上、一〇メートルを超える範囲内に二時間以上の日影となる部分を生じさせてはならないとの規制がされているところ、〈証拠〉によれば、本件建物によつて生じる日影は、建築確認の際の平均地盤面を基準にして、その面から一・五メートルの高さの水平面で測定すると、右規制の範囲内であることが認められる。そして、本件の原告根岸、同前田及び同谷の日照被害のうち、一番被害の大きい原告根岸宅においても午前一一時ころから日照が回復し始め、午後一時半ころには完全に日照が回復するという程度のものであることは前認定のとおりである(なお、これは前面道路の高さを平均地盤面とし、それより一・五メートル高い水平面で測定した結果であり、建築確認の際の平均地盤面を基準として、それより一・五メートル高い水平面で測定するならば、より日照被害は軽度であると解される。また、原告根岸康雄本人尋問の結果によれば、根岸宅でも、朝のうち全く日照が得られないわけではなく、二階では朝九時ころまでは日照が得られることが認められる。)。

以上のとおり、被告間瀬の行為はとうてい是認することができないものであり、非難に値するものというべきであるが、人為的に土盛をした場合の平均地盤面についての考え方には解釈の余地があること、仮に本件建物が北側斜線制限に違反するとしてもその程度は軽微であること、原告らの日照被害の程度等右認定の事実を総合して判断すると、原告らの日照被害はなお受忍限度の範囲内であると解するのが相当である。

従つて、原告らの日照被害を理由とする損害賠償の請求は、理由がない。

六同7について判断する。

同7の事実のうち、訴外多部田が原告ら主張の万年塀に穴を開けたことは当事者間に争いがない。そして証人相川千鶴子の証言によれば、右の穴は、縦に四個ずつ、半間おきくらいに開けられていることが認められる。また、原告前田吉實本人尋問の結果及び証人相川千鶴子の証言によれば、右穴は、完全には修理がされていないことが認められる。

これに対し、被告間瀬己代治本人は、訴外多部田の工事監督は右のように穴を開けるについて塀の所有者から承諾を得たと思うとの供述をするところ、証人相川千鶴子は、工事監督から万年塀を保護するために鉄のパイプで支えをさせて下さいと言われ、これを許可した旨の証言をし、原告前田吉實本人も同様の供述をしている。そうすると、被告間瀬においては、訴外多部田の工事監督から万年塀に穴を開ける点について塀の所有者から承諾を得た旨を聞かされ、これを信じていたと推認することができる。

また、被告柴田については、訴外多部田が原告らの承諾を得ることなく、右万年塀に穴を開けることを知つていたことを認定するに足る証拠はない。

そうすると、結局、被告らには、右万年塀に関する原告らの損害の発生ないし訴外多部田に対する指図について過失があつたということはできず、従つて、被告らに対する右万年塀に関する損害賠償の請求は、理由がない。

七同8について判断する。

証人相川千鶴子は、本件土地に土砂が搬入されたころから、本件建物の工事現場では騒音が出始め、昭和五八年夏ころにはその騒音がひどくなり、同年七月二六日に作業時間を午前八時三〇分から午後六時までとする工事協定が締結されたが、その後も、右協定を無視して一時間程度工事時間が延長されることがあり、被告柴田らに対して苦情を申し入れることがあつた旨の証言をし、証人種瀬律子も同様の証言をしている。

原告根岸康雄本人は、さらに、右工事協定の後、一か月もたたないうちに工事時間が守られなくなり、同年一一月ころは、午後八時ないし九時ころまで工事を行つていた旨の供述をしている。そして、〈証拠〉によれば、実際に原告ら(但し、原告小松川を除く。)と訴外多部田との間に右工事協定が締結されていることが認められる。

しかし、他方、被告間瀬己代治本人は、本件土地には、道路が狭いため、大型のトラックやユンボ等の建設機械を入れることができず、従つてその騒音も大きいものではなかつたという趣旨の供述をしているところ、〈証拠〉は、右供述を裏付けている。そして、原告前田吉實本人尋問の結果によれば、同人は、本件の工事についてコンクリートミキサーが下水にかすを流すことについて市役所の公害課に相談をしたにもかかわらず、騒音については、何らの相談もしていないことが認められ、また、証人相川千鶴子の証言によれば、同人も、本件建物の建築については、いち早く昭和五八年三月初めころに建築指導事務所に相談に行つたにもかかわらず、右騒音については市役所等の担当部署に相談するなどの行動に出ていないことが認められる。

そうすると、右騒音は、通常の建物建築の際のそれと格別異なるものではなく、社会通念上受忍すべき限度を超えるものではなかつたと推認することができる(なお、右工事協定の違反の点については、証人相川千鶴子の証言によつても、工事時間が一時間程度延長されただけであり、また、原告根岸康雄本人の供述では、午後八時ないし九時ころまで工事が行われたとされているものの、同供述では、それは、昭和五八年一一月ころであつたというのであつて、本件建物が遅くとも同年一二月初めころに完成したという前認定の事実に照らすと、その工事は、完成直前の短期間、建物の内部において行われたものであることが推認できるから、右の工事協定の違反についての事実を考慮しても、右騒音が受忍限度を超えるものであつたとすることはできない。)。

従つて、右騒音についても、原告らの被告らに対する損害賠償の請求は理由がない。

八以上の検討によれば、原告らの請求はいずれも理由がないから、これらをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官矢崎秀一 裁判官氣賀澤耕一 裁判官都築政則)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例